Type Zero Carrier Fighter Model 52 61-120

零式艦上戦闘機五二型 61−120

This is the most famous zero fighter in the world.

 言わずと知れた、超有名機体です。これを知らずして「零戦ファン」を名乗れません。

In Jun,1944 The American landed to the Saipan,Then, many Zeros were found, and captured.

It was carried in aircraft carrier "Copahee" to America.

The test flight which four of the degree were chosen than after the American arrival and which was fully understood was done.

Mr. Ed Malony bought it After War.

1944年6月 アメリカ軍がサイパンへ上陸し、アスリート飛行場で無傷の零戦を多数発見。

        捕獲し、小型空母「コパイ」でアメリカへ運んだ。

        14機の零戦と7機のスペアエンジン300箱分のスペアパーツとともに。

        アメリカ到着後、程度の良い四機が選ばれ、徹底したテスト飛行が行われた。

        空母コパイで運ばれたのは零戦以外に、1機の九七艦攻があった。
        運ばれた零戦も14機以上と思われる為、只今調査中です
。       

        この中で、現存する機は三機であり、スミソニアンに一機、とフロリダで修復中である。

戦後、余剰品となり、エド・マロニー氏が購入した。

It was restored in 1978,and become flyable.It flew even in the Japanese country.

1978年に修復され、飛行可能となり、来日し、日本で飛行を行っている。


May ,3,1995. I took this at Ryugasaki Airport.
"RED BARON Air Show".
The pilot was Mr.Steve Hinton.

 1995年5月3日、茨城県龍ケ崎飛行場で私が撮影しました。
地上タキシング中
パイロットはスティーブ・ヒントン氏です。

Camara was PENTAX Z-1 & SIGMA 400mmAF.
I was impressed with Auto Focus.

飛行中
PENTAX Z−1 とシグマの400mmAF
動態予測オートフォーカスというやつですが、
よくピントが合うものです。
我ながら、カメラの性能に感激

レーシングカーの撮影などでは、あらかじめ、撮影ポイントに
ピントを合わせておく、「おきピン」という手を使いましたが、
飛行機はどこを飛ぶのか検討がつかないので、MFでは
難しいですね。

A shutter speed was too High.A propeller stopped.I failed.
I used "High speed shutter priority auto".1/500 or 1/1000.

I will use 1/60 or 1/125 next time.

 失敗作です。
プロペラの回転数など、考えもしませんでした。

シャッタースピードが速い方が、ブレ無いしか頭にありませんでした。
高速シャッター優先オートで、1/500〜1/1000だったようです。

プロペラがぴったり停止してしまいました。
1/60〜1/250あたりのシャッターで撮りまくらないとですね。

 同じく、プロペラ停止してます。

Nov,18,1999. I took this at The Air Museum Planes of Fame.
Zero was During the engine maintenance.

 

1999年11月18日 プレインズ・オブ・フェイムで撮影。

61−120号は、12月4日のエアショーに向けて、エンジンの
オーバーホールを行っていました。


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